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wanokashi 89

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記憶のかけら

ふいにある町を訪ねたくなり、
電車とバスを乗り継ぎ出掛けました。

木曽川という大きな川沿いにある、
小さな田舎町です。

そこは幼少の頃、祖母と過ごした町。

祖母はもういません。


私の両親は教師でした。
母は、朝早く車を走らせ、私を祖母の家に預け、
夕方両親のどちらか、早く仕事を終えた方が迎えにくるという毎日でした。
小学校に上がってからも、夏休みなどの
長い休みにはいつも祖母の家に行きたがり、
帰らなければならない日には淋しくて泣いていました。

そのせいか、幼い頃の記憶の多くが
祖母の暮らす古い日本家屋や
大きな椎の木や井戸のある風景にあるのです。

私にとって、その記憶の断片は
薄くヴェールのかかったような
淡いきらめきをまとっているのです。

近くに遊べる子供もいなく、
おもちゃなんて何にもありませんでしたが
祖母とすごす何気ないのんびりとした穏やかな時間を
一度も退屈だと感じたことはなかったように思います。

木枠の磨りガラスのぼんやりとした光に照らされた
二階の母の部屋は、家具がそのまま置かれ
時が止まったようでした。
ほこりの積もった本棚から
黄色く変色した古いシェークスピアを
引っ張り出し、夢中になって読みました。

古い仏間は薄暗く、畳はひんやりとし、
どんな天気の日も、しんとした空気を漂わせ
子供ながらに他の部屋との違いを感じていました。

庭の真ん中に大きな大きな椎の木があり、
風が吹くとざわざわと音をたて
苔で覆われた根元には
白いキノコが生えていました。

大人になった今、最寄りのバス停に降り立ち、
寂れた商店街をゆっくり歩き、
今はもう無い祖母の家の敷地まわりをぐるりと歩き、
その敷地に立つ、知らない誰かが暮らす
真新しい建て売りの二軒の家の向こう側に
今はもうない家屋や
井戸や、木や、庭や。
祖父や祖母や、幼い私を。
それらの面影や匂いを探し、
記憶のかけらを手繰り、映したとき。

今日のことを文章にしておこうと、
そう思ったのです。
記憶のかけら_c0213693_21521341.jpg

by wanokashi89 | 2012-10-27 21:52 | 日々のこと
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